休職日記③ プールに行ってみた / 淡々と、何かをし続ける

 自宅から徒歩10分程度に市営のプールがあるので行ってみた。


メニューはこんな感じ。

・水中ウォーキング:100m

・スイム:100m

・キック:100m

・プル:100m

・スイム:100m

・水中ウォーキング:100m

計600m


プールで泳ぐこと自体7年ぶりくらいなので、これだけで筋肉痛になった。

ちょっとずつ続けていきたい。


プールにいる間はスマホもPCも見ない時間になる。デジタルデトックスにはいいのかも。

水の中は静かで、自分が水をかいて進んでいる音と呼吸音しかしなくて、泳ぐことしか考えなくてよくて、心地よかった。自分をとりまく水も、優しく支えてくれている気さえした。陸でずっと生きていくのは、自分の脚でずっと立っていく必要があって心もとない。


昔からプールは好きだった。泳ぐことが好き、というよりも、水の中にいることが好きなのだと思う。プールの塩素のにおい、シャワー、水着に着替えてアリーナに入る瞬間。日常からは離れて、少しだけいつもとは違うプチ非日常を感じられるのも好きだ。


学生時代は水泳部に所属していた。速く泳ぐことにあまり興味がわかず、実際タイムも早くなかったが、とにかくプールに入ることが好きで続けられたのだと思う。個人競技でおよそルールと呼べるものもないほどシンプルなところも性に合っていたのだと思う。


大学生になると、ダイビングを始めた影響で海に入ることが多くなった。海のことを知れば知るほど身に着ける装備は多くなり、現実の海は写真で見るよりも緑がかっていて、プールの方が自由で明瞭な気がした。森絵都の小説『DIVE』ので主人公が海育ちのライバルに対して、「プール育ちにはプール育ちの意地がある」とこぼしているシーンがある。その気持ちが今なら少しわかるかもしれない。


競泳日本代表の平出コーチのインタビューで、「水泳をやっている人は基本まじめな人しかいない。だって練習といっても、ずっと25mのプールを往復するだけですから。」という言葉を目にすることがあった。今日プールに来るまで、なぜかずっと忘れていた。高校を出て、大学生になり、社会人になり、だんだんと「真面目である」ということが重荷や欠点やいっそ悪かのように感じられるようになってきた。真面目であることは悪いことなのだろうか。たぶん、そんなことはないのだろう。淡々と、25mを泳ぎ続ける。これができて心の底からよかったと、今は思っている。私は淡々と、何かをし続けることができるのだから。




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